出発前日の深夜現在、まだ準備が終わっていない。
今日は取引先の人と飲みに行くことになっているので、夜に荷造りの時間は取れないというのに。
確か2002年にNYに行ったときも、前日にさんざん飲んで、徹夜で準備をした。ぼくという人間は、4年間、あまり成長していないようだ。
いや、前回は自発的、今回はお客との飲みだから、少しは進歩したのか? あまり関係ないか。
大雑把に、持って行くものをまとめたのだが、まだアイロンをかけていないシャツとかもあるし、トランクに詰めていないものもある。
夕方の飛行機なので、出発の日の午前中が使える、とは思っているのだが、それではぎりぎりすぎる。
…というあたりまで下書きまでしてあったのだが、実際にお客と飲みに行ったら、ずいぶんと飲まされてしまった。
帰ってきて、ほぼすぐにベッドに入り、翌朝、つまり出発する日の6時頃起きて、準備の続きをして、今、家を出る30分前くらいだ。
やや記憶があやふやだが、確か2004年にNYに行った時も、前の日は飲みに行っていた気がする。どうやらNYへ行く前日というのは、お酒を飲みに行くものらしい。
…ぼくだけ?
2006年06月30日(Fri)
準備の途中
posted by ななし at 23:55
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2006年06月29日(Thu)
ドルへの両替
会社を少し抜け出して、郵便局へ行かせてもらった。
日本円から米ドルへの両替が目的だ。
NY(に限らないが)では、ある程度以上の金額になってしまえば、カードで払うことが多いので、現金は基本的にそんなに必要ない…が、集団で行くと、レストランのお会計も割り勘したりなんだりで、結局現金を使う機会が増えてくる。
これは、過去にNYへ行った時の経験だ。
今回もそんな傾向にあると踏んで、400〜500ドル程度用意するつもりでいた。
以前、いくらくらい使ったのか良く覚えていないので、多めに、という頭もある。
最初に行った郵便局で、米ドルへの両替をお願いすると、「500ドルは出せない」と言われた。正確に言えば、「100ドルや50ドルを混ぜないと、出せない」だ。
50ドル札ならまだ使うこともあるかもしれないが、100ドル札はまず使わない。
20ドル札までで、用意できるだけ用意してくれるように頼んだら、
20ドル x 3枚
10ドル x 5枚
5ドル x 10枚
1ドル x 50枚
の、合計210ドルなら用意できるというので、それでお願いした。
残りは銀行に行くことにする。
銀行では、もっと大雑把だった。
100ドルパック、200ドルパック、500ドルパックと、いくつかのパックセットが用意されていて、その枚数ごとの両替になるんだそうだ。
100ドルパックの内訳は、
20ドル x 3枚
10ドル x 3枚
5ドル x 1枚
1ドル x 5枚
ちなみに200ドルパックになると、50ドル紙幣が混じってくる。
あと250ドルくらいあれば良かったのだが、50ドルパックはない。仕方がないので、100ドルパックを3つ買ってきた。
郵便局は「両替」という感じがしたが、銀行だと「買ってきた」という言葉が相応しい。
とはいえ、受け取ったドル紙幣は、何度見てもおもちゃみたいで、あんまり「お金を受け取った」という気分にはなれないのだが。
郵便局と銀行あわせると、
20ドル x 12枚
10ドル x 14枚
5ドル x 13枚
1ドル x 65枚
合計510ドル。
1ドル当たり119.4円で売っていたので、6万円とちょっとになる。
まぁこれくらいあれば充分だろう。
日本円から米ドルへの両替が目的だ。
NY(に限らないが)では、ある程度以上の金額になってしまえば、カードで払うことが多いので、現金は基本的にそんなに必要ない…が、集団で行くと、レストランのお会計も割り勘したりなんだりで、結局現金を使う機会が増えてくる。
これは、過去にNYへ行った時の経験だ。
今回もそんな傾向にあると踏んで、400〜500ドル程度用意するつもりでいた。
以前、いくらくらい使ったのか良く覚えていないので、多めに、という頭もある。
最初に行った郵便局で、米ドルへの両替をお願いすると、「500ドルは出せない」と言われた。正確に言えば、「100ドルや50ドルを混ぜないと、出せない」だ。
50ドル札ならまだ使うこともあるかもしれないが、100ドル札はまず使わない。
20ドル札までで、用意できるだけ用意してくれるように頼んだら、
20ドル x 3枚
10ドル x 5枚
5ドル x 10枚
1ドル x 50枚
の、合計210ドルなら用意できるというので、それでお願いした。
残りは銀行に行くことにする。
銀行では、もっと大雑把だった。
100ドルパック、200ドルパック、500ドルパックと、いくつかのパックセットが用意されていて、その枚数ごとの両替になるんだそうだ。
100ドルパックの内訳は、
20ドル x 3枚
10ドル x 3枚
5ドル x 1枚
1ドル x 5枚
ちなみに200ドルパックになると、50ドル紙幣が混じってくる。
あと250ドルくらいあれば良かったのだが、50ドルパックはない。仕方がないので、100ドルパックを3つ買ってきた。
郵便局は「両替」という感じがしたが、銀行だと「買ってきた」という言葉が相応しい。
とはいえ、受け取ったドル紙幣は、何度見てもおもちゃみたいで、あんまり「お金を受け取った」という気分にはなれないのだが。
郵便局と銀行あわせると、
20ドル x 12枚
10ドル x 14枚
5ドル x 13枚
1ドル x 65枚
合計510ドル。
1ドル当たり119.4円で売っていたので、6万円とちょっとになる。
まぁこれくらいあれば充分だろう。
posted by ななし at 19:00
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2006年06月28日(Wed)
準備の開始
出発は7月1日。そろそろ準備を始めなくては、と思いつつも、まだ何にも手をつけていない。
とりあえず、海外旅行情報サイトを参考に作った持ち物リストと、やらなくちゃいけないことリストを作っておこう。
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とりあえず、海外旅行情報サイトを参考に作った持ち物リストと、やらなくちゃいけないことリストを作っておこう。
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posted by ななし at 23:55
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2006年06月21日(Wed)
チケットの到着
チケットが届いた。といっても、メールが届いただけ。
航空券も、ホテルの予約も、パソコンの画面をプリントアウトするだけだ。こんなの、いくらでもコピーできる。
確かにこのチケットには、パスポートに記載された名前とかが入っているけれど。
今回、ぼくが一緒にチケットを手配したのは、ぼく含めて3人。
ツイン1つに、シングル1つという部屋割りだ。
NYに限らず、アメリカにはトリプルの部屋はないらしい。正確に言うとないことはないのだが、それは必ずしも、ベッドを3つ用意してくれる約束にはならないんだそうだ。
トリプルでの手配は、あくまで、「その部屋に3人泊まりますよ」という約束にしかならず、そこにあるのが、
シングルベッドx2 + エクストラベッド か、
ダブルベッド + エクストラ か、
キングベッド + シングル か、
その割り振りは指定できないんだとか。
銀座のHISで、受付のお姉さんが、そう教えてくれた。せっかく色々教えてくれたのに、HISで買わなくてごめんね。
今回使ったのは、楽天。正直、あんまり好きな会社じゃない。理論的に嫌う理由を説明することはできないけれど。
でもまあ、旅行の代金ってのは高くなるし、「何となく嫌い」っていうだけで何万円も余計に出せるほど、ぼくのお財布は膨らんでいない。
後で読み返したときに分かるように、実際の値段も書いてしまおう。
ツインなら、 137,775円。
シングルなら、199,174円。
どちらの場合も、それに25,770円のサーチャージと空港利用料がかかる。
原油の値上がりは、航空運賃が上乗せされるのはまだ分かるのだが、どうして別枠で取ることになったのか、いまいち分からない。
きっとそうすることによって、どこかの誰かが得をする仕組みになっているんだろう(ぼくはしばしば、この理屈によって、不可解な仕組みを納得したことにする)。
旅行費は、誰がシングル、誰がツインになっても、恨みっこなしよ、という同意の下、総額を3で割った額を負担することに決めていた。
計画段階で、まだ行けるかどうか分からない人がいた、というのもあるが、実際に予約を取る時には、3人とも行けることが(ほぼ)決定していた。
なので、1人当たり、188,604円。これが、航空券+ホテルの値段。
まだ出発前なので、一応、ホテルの名前やなんかは伏せておこう。帰国後、読み返したとき用に、ここに追記するかもしれない。
帰国後追記。
帰ってきたので追記しよう。
ぼくらが使ったのは、コンチネンタル航空と、ルーズベルトホテル。
ルーズベルトは、一応「高級ホテル」に分類されていることが多いが、そこらへんの格付はよく分からない。
アメリカらしく、空調が大雑把だった(HighとLowしかないの!)が、特別困ることもなかった。
「泊まれれば良い」くらいの心積もりだったので、むしろ良い雰囲気だったと思えた。
航空券も、ホテルの予約も、パソコンの画面をプリントアウトするだけだ。こんなの、いくらでもコピーできる。
確かにこのチケットには、パスポートに記載された名前とかが入っているけれど。
今回、ぼくが一緒にチケットを手配したのは、ぼく含めて3人。
ツイン1つに、シングル1つという部屋割りだ。
NYに限らず、アメリカにはトリプルの部屋はないらしい。正確に言うとないことはないのだが、それは必ずしも、ベッドを3つ用意してくれる約束にはならないんだそうだ。
トリプルでの手配は、あくまで、「その部屋に3人泊まりますよ」という約束にしかならず、そこにあるのが、
シングルベッドx2 + エクストラベッド か、
ダブルベッド + エクストラ か、
キングベッド + シングル か、
その割り振りは指定できないんだとか。
銀座のHISで、受付のお姉さんが、そう教えてくれた。せっかく色々教えてくれたのに、HISで買わなくてごめんね。
今回使ったのは、楽天。正直、あんまり好きな会社じゃない。理論的に嫌う理由を説明することはできないけれど。
でもまあ、旅行の代金ってのは高くなるし、「何となく嫌い」っていうだけで何万円も余計に出せるほど、ぼくのお財布は膨らんでいない。
後で読み返したときに分かるように、実際の値段も書いてしまおう。
ツインなら、 137,775円。
シングルなら、199,174円。
どちらの場合も、それに25,770円のサーチャージと空港利用料がかかる。
原油の値上がりは、航空運賃が上乗せされるのはまだ分かるのだが、どうして別枠で取ることになったのか、いまいち分からない。
きっとそうすることによって、どこかの誰かが得をする仕組みになっているんだろう(ぼくはしばしば、この理屈によって、不可解な仕組みを納得したことにする)。
旅行費は、誰がシングル、誰がツインになっても、恨みっこなしよ、という同意の下、総額を3で割った額を負担することに決めていた。
計画段階で、まだ行けるかどうか分からない人がいた、というのもあるが、実際に予約を取る時には、3人とも行けることが(ほぼ)決定していた。
なので、1人当たり、188,604円。これが、航空券+ホテルの値段。
まだ出発前なので、一応、ホテルの名前やなんかは伏せておこう。帰国後、読み返したとき用に、ここに追記するかもしれない。
帰国後追記。
帰ってきたので追記しよう。
ぼくらが使ったのは、コンチネンタル航空と、ルーズベルトホテル。
ルーズベルトは、一応「高級ホテル」に分類されていることが多いが、そこらへんの格付はよく分からない。
アメリカらしく、空調が大雑把だった(HighとLowしかないの!)が、特別困ることもなかった。
「泊まれれば良い」くらいの心積もりだったので、むしろ良い雰囲気だったと思えた。
posted by ななし at 23:00
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| NY旅行記 2006
2006年06月20日(Tue)
NYへ行こう!
"大都会"ニューヨーク! なんて魅力的な響きだろう。
忘れもしない2002年の11月、ぼくは初めてニューヨークに訪れた。
「MASAと歩くニューヨーク2002」というツアーに参加したのだ。
このツアーは、ミュージシャン山本正之(以降、正之先生)が、自身の歌にもたびたび登場するニューヨークという街を、自ら案内してくれるという、山本正之マニア垂涎のツアーだ。
これで行ったニューヨークに、ぼくは思いっきりはまってしまった。
田舎者とか世間知らずとか言われるのかもしれないが、ぼくの眼には、ニューヨークの何もかもが、めちゃくちゃ格好良く映ったのだ。
ぼくはその感動を、不完全ながらも日記に残し、不完全のままWebに公開した。
そしてその後、不完全であることを後悔した。
忘れもしない2004年の…えーっと、5月だったかな? 2年前同様「MASAと歩くニューヨーク2004」で訪れた、2度目のニューヨーク。
同じ街に2度も旅行したことなんて、当時のぼくには初めての経験だった。
2度訪ねても、やっぱりニューヨークは格好良かった。
2002年のニューヨークと違い、ツアーに参加した知り合い以外の人とも、ずいぶんと親交を深めることができた。
毎晩のように親交を深めていたおかげで、その年は日記を残せなかった。
そう、「忘れもしない」と書いておきながら、今では、「5月だったかな?」とか言ってしまうくらい、記憶が曖昧になってしまっているのだ。
2年前に行った時と混じってしまったり、言われるまで思い出せなかったり。
忘れもしないどころか、まだ来てもいない、2006年の7月。ぼくは三度目のニューヨークに旅立つことにした。
一番の目的は、7月4日に上がる、イーストリバーの花火。7月4日はアメリカの独立記念日。それと同時にぼくの誕生日でもある。
勝手に祝ってもらっている気分になるには、もってこいの日だ。
今回はツアーは組まれていない。2004年のツアーでご一緒した方の何人かと、今回もご一緒させていただくが、自分で飛行機やホテルの手配をしなくてはならない。
そして今回は、可能な限り日記を残さなくてはならない。
だって2002年の旅行記は、今読み返しても面白いもの!
もちろんそれは文章そのものの面白さというより、当時の自分の体験が思い出されるからの面白さなんだけれど。
そんなわけで、ぼくはまた、旅行記を残す。
ぼくの日記の一番の読者は、もちろんぼく。ぼくの、ぼくによる、ぼくのための文章。
でももし、二番三番の読者ができるとしたら、それはとても嬉しいことですよね。
忘れもしない2002年の11月、ぼくは初めてニューヨークに訪れた。
「MASAと歩くニューヨーク2002」というツアーに参加したのだ。
このツアーは、ミュージシャン山本正之(以降、正之先生)が、自身の歌にもたびたび登場するニューヨークという街を、自ら案内してくれるという、山本正之マニア垂涎のツアーだ。
これで行ったニューヨークに、ぼくは思いっきりはまってしまった。
田舎者とか世間知らずとか言われるのかもしれないが、ぼくの眼には、ニューヨークの何もかもが、めちゃくちゃ格好良く映ったのだ。
ぼくはその感動を、不完全ながらも日記に残し、不完全のままWebに公開した。
そしてその後、不完全であることを後悔した。
忘れもしない2004年の…えーっと、5月だったかな? 2年前同様「MASAと歩くニューヨーク2004」で訪れた、2度目のニューヨーク。
同じ街に2度も旅行したことなんて、当時のぼくには初めての経験だった。
2度訪ねても、やっぱりニューヨークは格好良かった。
2002年のニューヨークと違い、ツアーに参加した知り合い以外の人とも、ずいぶんと親交を深めることができた。
毎晩のように親交を深めていたおかげで、その年は日記を残せなかった。
そう、「忘れもしない」と書いておきながら、今では、「5月だったかな?」とか言ってしまうくらい、記憶が曖昧になってしまっているのだ。
2年前に行った時と混じってしまったり、言われるまで思い出せなかったり。
忘れもしないどころか、まだ来てもいない、2006年の7月。ぼくは三度目のニューヨークに旅立つことにした。
一番の目的は、7月4日に上がる、イーストリバーの花火。7月4日はアメリカの独立記念日。それと同時にぼくの誕生日でもある。
勝手に祝ってもらっている気分になるには、もってこいの日だ。
今回はツアーは組まれていない。2004年のツアーでご一緒した方の何人かと、今回もご一緒させていただくが、自分で飛行機やホテルの手配をしなくてはならない。
そして今回は、可能な限り日記を残さなくてはならない。
だって2002年の旅行記は、今読み返しても面白いもの!
もちろんそれは文章そのものの面白さというより、当時の自分の体験が思い出されるからの面白さなんだけれど。
そんなわけで、ぼくはまた、旅行記を残す。
ぼくの日記の一番の読者は、もちろんぼく。ぼくの、ぼくによる、ぼくのための文章。
でももし、二番三番の読者ができるとしたら、それはとても嬉しいことですよね。
posted by ななし at 00:00
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